ジュエルの歩み

創業者・初代店主 栗原準之助が、靴クリームの製造・販売を⾃社で⾏う「⼋千代商会」を創業したのは関東⼤震災があった⼤正12年(1923年)のことでした。それから今⽇まで約100年、現場主導⾃律型組織という独⾃の企業⽂化を⽀えてきたジュエル代代の店主の⾜跡です。 

創業者・初代店主(1923年) 

初代店主・栗原準之助

ジュエルの創業者・初代店主栗原準之助は明治時代の海軍軍⼈で、⽇露戦争に従軍し⽇本海海戦では駆逐艦に乗っていました。準之助が⽇本⼈としては⽐較的早く洋靴(⾰靴)に接しその⼿⼊れ法を⾝につけたのは海軍にいたためです。
戦争が終わり除隊した準之助は、「これから平和になると⽇本の庶⺠の間でも⻄洋の⽂明が⼤いに振興して、誰もが洋靴を履くような時代になる。洋靴は⾼価だから誰もが⼿⼊れをして⼤切に履く。そんな時代が来れば国産の⼿⼊れクリームが⽋かせないはずだ」と考え、この事業に第⼆の⼈⽣を賭ける決意をしたそうです。
準之助が商売のために尾張屋商店に⼊社し修⾏を始めたのが⼤正6(1917)年。本郷区追分で製造・販売を⾃社で⾏う「⼋千代商会」として独⽴・創業したのが⼤正12(1923)年のことでした。
真⾯⽬で頑固な⼈柄で、周囲には「愛想がないので商売には向かない」と⾔う⼈もあったようですが、実際に商売を始めてみると誠実な商い振りでお客様から信⽤されずいぶん繁盛したと伝えられています。昭和4(1929)年には、現在の池袋に店舗⼯場を移転・統合しました。

2代⽬店主(1933年) 

2代⽬店主・栗原薫

2代⽬店主・栗原薫が社業を引き継いだのは昭和8(1933)年。当社は⼩粒ながら堅実に経営を続けていました。ところが昭和20(1945)年4⽉東京⻄北部⼀帯への⼤空襲で、社屋も設備も原材料もすべてが焼失してしまいます。
幸い多くの社員とともに製造技術は⽣き残り、昭和22(1947)年には⼋千代化学塗料⼯業株式会社として再スタートを切ることができました。そして戦後⽇本の復興と歩調を合わせ事業も成⻑軌道に乗ったのです。設⽴時に18万円だった資本⾦は昭和53(1978)年には3,200万円となります。

3代⽬店主(1985年) 

3代⽬店主・栗原勲

昭和60(1985)年、3代⽬店主・栗原勲が就任しました。平成4(1992)年には代理店であった⼋千代商事から営業譲渡を受けて靴関連商品の専⾨商社としての機能を拡充し、また同年、品川油化研究所からヴィオラの商標と製造技術を継承してメーカーとしての開発技術も⼤幅に増強しました。
この間に新しい時代の礎にと、本社と⼯場設備を⼀新する計画が進みました。3代⽬店主勲が急逝したのは、新築の本社・⼯場が竣⼯する2ヶ⽉前のことでした。勲の在任期間は僅か8年でしたが、時代が昭和から平成に移るこの時期の2つのM&Aと新社屋⼯場建設は、当社にとって⼤きな節⽬となりました。

4代⽬店主(1993年〜現在)

4代⽬店主・栗原義治

4代⽬店主・栗原義治が就任した平成5(1993)年には、充実した機能と設備を備えた新しい本社⼯場が稼動しはじめました。平成12(2000)年には株式会社パラレル東京を買収100%⼦会社化して靴・鞄修理事業を拡充し、同社ではインターネット通販事業も開始しました。
平成17(2005)年には、増加するお客様からの注⽂に迅速かつ正確に対応するため、埼⽟県の三芳町に物流センターを開設しました。更に4年後の平成21(2009)年には三芳町物流センターを移転し2倍の規模に施設を拡充しました。
現在、協⼒企業・⼯場との連携を進めインソールや靴ブラシ・靴ひも・シューツリーなどオリジナル企画商品を多数展開中です。またファッションのカジュアル化に合わせて、⾰以外の素材に対応した製品開発にも注⼒しています。 

三芳町物流センター

5代⽬店主(未定)

現在、社の⼀員として修⾏中です。